毎日の処理が面倒です

私は毎日ムダ毛の処理をしています。
ムダ毛の処理を始めたのは中学生の頃で、そのころから学生時代までは、二日か三日に一回の処理で間に合っていました。
しかし社会人になった私は、子どもとかかわる仕事に就きました。
そうしたところ、子どもは毎日べたべたとさわってきます。

今まで二日か三日ですんでいたのは、見た目的に問題がなかったからであって、さわられるとなると話は変わってきます。
さわると生えていることがわかり、子どもは、「チクチクする!」と言うのです。
子どもに言われるだけでもとても恥ずかしいです。

しかしさらに恥ずかしいことに、周りにいる大人に聞かれてしまったのです。
特にその大人は反応を示しませんでしたが、恥ずかしくて仕方がありませんでした。
その日からは、腕や足などの露出する可能性のある部分に関しては、毎日処理するようになりました。
しかし毎日の処理は本当に面倒で、時間もかなりとられます。

更に、ムダ毛の処理は肌をいためる行為ですので、肌をいためているのではないかと気になってしまいます。
また、カミソリで処理しているため、切ってしまって怪我をすることも何度も経験しています。
怪我をするとしみますし、しばらくは痕が残ってしまいます。
これだけのデメリットがあっても、毎日処理しないわけにはいきません。
これらの悩みを解決する方法は脱毛しかないでしょう。
完全に脱毛するまでには時間がかかると言いますので、長期休みがとれたら脱毛したいと考えています。

ミュゼは安い!グッズもおすすめ。

ずっと前からわきの黒ずみが気になっていました。
黒ずみだけでなく、ボツボツとわきに凹凸があるのも悩みでした。
そこで、最初はすこし恥ずかしかったのですが、脱毛サロンに通うことにしました。
詳しい永久脱毛情報はこちらも参照 永久脱毛と医療脱毛の研究所http://xn--o9jx21g5mdo44aca76ck67cxtuea.net/

お店はお値段が安いということもあって、ミュゼプラチナムにしました。
通ってみての感想ですが、「もっと早く通っておけばよかった」という感じです。
脱毛サロンに行くとお肌が傷むと考えている方もいるかもしれませんが、私の場合全くそういうことはなく、どんどんわきが綺麗になってきています。
気になっていた黒ずみやボツボツも改善されて、つるつるになってきていますよ。

ミュゼプラチナムでは施術前と施術後に冷却ジェルやプラセンタ配合のローションでケアをしてくれるというのが影響しているのかもしれませんね。
ちなみにこのローションは店頭で買うことができます。
イランイランや柑橘系など4種類のフレーバーがあって、どれもいい香りですよ。

ノビもよく、肌がさらさらになるので、私はイランイランのローションを買って使っています。
お値段はたしか200mlで2000円くらいだったと思います。

あと、施術中の痛みですが、私はほとんど気になりませんでした。
少し弾かれたような刺激がありますが、一瞬ですし、特に我慢できない痛みというわけではありませんでした。
VラインやOラインといった肌が弱い部位はもう少し痛みを感じるみたいですが、わきの脱毛ならミュゼプラチナムの場合特に痛みを心配する必要はないと思います。

ムダ毛処理の難しさ

これから暖かくなるにつれて肌の露出も増えますが、それと同時にどうしても気になるのがムダ毛。
私は、全体的に毛深い方ではないのですが、なぜか脇だけはしっかりと生えてきます…。
当初はカミソリを使って剃っていましたが、剃ると毛が太くなったように見えるので(実際は太くなっていないらしいです。)途中から毛抜きに変えました。
毛抜きで抜くのは最初は痛みを感じるのですが、徐々に慣れてくるにつれて抜けた時の快感が味わえるようになります。
しかし、毛を抜くということはその周りの皮膚も傷つけることになりますので、そこから発生する問題が埋没毛でした。
埋没毛は皮膚の下に完全に隠れてしまっているので、取り除くには毛を覆っている皮膚を破らなくてはなりません。書いているだけでも痛々しいですが、その埋まっている毛というのは、長いものが多いので抜けた時のすっきり感は大きいです。その為、ダメだと分かっていても、ついつい無理やり毛を抜いてしまいます。
すると、当然ですが皮膚が傷つくので血が出ます。そしてまたそこに埋没毛ができ、皮膚も何だか黒ずんでしまうという悪循環に陥ります。
最初に戻りますが、これからの季節、半袖や水着になる機会が増えていくので、今の状態では常に脇を気にすることになり、堂々と過ごすことができません。
しかも、なぜか彼氏からは脇用のセルフ脱毛器(光を照射するタイプ)をプレゼントされました。おそらく、脇のケアしっかりして!と、言いたいのでしょう。
ここまでくれば自身の力で何とかするというのは無理なように感じてきました。そろそろ本気で脱毛サロンを探そうと思っています。

軽自動車の思い出

我が家の愛車と言えば現在は普通自動車ですが、その昔に私が愛用していた自動車は軽自動車でした。私にとって始めての自動車が軽自動車であり愛着のあるものであったと思っています。私は自動車免許を取得してから長らく自動車を運転したことのないいわゆるペーパードライバーでしたので始めは中古車の軽自動車から始めた方が良いであろうと思ったのがきっかけとなっています。しかし、軽自動車にしようと思ってから街中にあるディーラーを周ってみますが、なかなか自分が良いと思う軽自動車を見つけることが出来ませんでした。

やっとのことで見つけた軽自動車に決めたのですが、本当に古いタイプの軽自動車でちょっと不安でもありました。しかし、その軽自動車を愛用する様になってだんだんと愛着が出てきて面白いものだと思いました。本当に古いタイプの軽自動車でありましたので、何かと手間のかかるものでしたが、それだからこそ楽しかったのかなと今では思っています。思い出深いところではとある山を登りに行ったことです。平地では普通に走る軽自動車でしたが、山に登るのは始めてのことで不安でもありました。案の定、オーバーヒートして止む無く下山したことを覚えています。

そのときは軽自動車を山中に止めてしばらくエンジンが冷えるのを待ってから下山しました。今となっては面白い話だと思っています。ちなみにこの軽自動車は私だけでなく他の家族のものも愛用していました。みんなを乗せた軽自動車でもあった訳です。そんな思い出深い軽自動車も手放さなくてはいけない日がやってきました。無事に売却となった軽自動車ではありましたが、私にとってこの軽自動車は思い出深いものであったと思っています。

生活のために、休まないで行く職場

生活をするために、お仕事をする方が多いと思います。
つまり、お金を稼いで生活ができるのですが、その収入がなくても生活を行える方もいらっしゃいます。

お仕事など、好きですきでたまらない方だけでは、ないと思います。
聞いた事があるかも知れないのですが、仕事が嫌になるのは、仕事を始めてから、3日、3ヶ月、3年などといった傾向もあります。

私など、今の仕事も毎日休まず行っていますが、その1日の中でも心の中でお仕事を楽しみながらしているのです。
同じ仕事を1日するのなら、楽しくするという意味です。

お仕事が嫌で辞めたご経験のあるかたもいらっしゃるかも知れません。
その理由は、色々でしょうが、やはり対人関係も多いと思います。

私なども以前、気に入っていました仕事を辞めてしまいました。
精神的に弱る事で、体を壊すと思ったのです。
でもその時も、その後も、今考えても、辞める必要はなかったのです。
その職場にいたら、歳をとっての年金も頂けるはでしたし、あとの祭りとなったのです。

本当は今の職場でも、内部のことがわかってきて、嫌な思いも強くあるのですが、その事は頭の1部にしまっておく事にしていま
す。
ただ生活のために働くかたは、お金のために嫌な職場でも行く方もあるようです。
ご自分で稼いだお金など、使い道も振り分けたりと、生活に向けていたします。

最近感じるようになったのですが、若い時など、育つ過程でお金の価値を知る方もおられます。
私など、お金持ちではないのですが、お金の苦労など全くなく育ちました。
両親に対しては、有り難い気持ちはもっているのです。
でも私が高校卒業後、働いてのお給料の1部は、親を助けるような方法をとってくれたらよかったかなあと思うのです。
日本が貧しい時に、育った両親は、私にお金の苦労をさせたくなかったのです。

広島カープファンの父親

プロ野球界に広島カープという球団がありますが、私の父親はこの広島カープの大ファンであります。最近は広島カープというとカープ女子と言われる様に女性に人気のある球団と思いますが、うちの父親は昔からの広島カープファンです。父親が言うには最近の広島カープも面白くなってきたが、やはり赤ヘル軍団と呼ばれていたときが一番面白くて良かったと言っています。赤ヘル軍団と呼ばれていたのは山本浩二さんや衣笠祥雄さんが活躍されていたときの時代を示していると思います。山本浩二さんや衣笠祥雄さんと言えば、やはり広島カープの顔であると思います。

この頃の広島カープは打つ方だけでなく投手力も他の球団よりずば抜けたものがあったそうです。父親が言うには、北別府、大野、川口、川端、津田といった投手のことをよく口にしており、みなさん素晴らしい投手であったと言っています。精密機械と言われて制球力抜群であった北別府、先発と抑えの両方をこなせして独特な投球フォームだった大野、巨人キラーで速球と縦に割れる大きなカーブが魅力の川口、他球団であれば間違いなく先発投手だった中継ぎエースの川端、そしてまっすぐで押し通す炎のストッパーと言われた津田という方たちのお名前をよく聞きます。

また広島カープは機動力野球がお家芸でもあったと聞いています。機動力野球とは打てないときは走って点を稼ぐという野球スタイルです。こんな野球スタイルで戦っていたチームは他にはなくて相手の球団からすると嫌な相手であっただろうと言っています。そんな広島カープの大ファンである父親は球場にまで掛けつけて応援に出掛けることもしばしばです。うちの父親はカープ女子に負けないぐらいの熱烈なファンです。